●●今月の法話●●

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今月の法話にようこそ



今月の法話にようこそ

ご依頼を頂いたお葬式や法要で法話をさせて頂いて居りますが、時間が限られておりますので沢山のお話をすることが出来ません。また、法話は何度も何度も繰り返し聴聞することで体得出来るものです。

このような理由で、これからは沢山の法話をホームページにアップさせて頂きますので宜しくお願い致します。

毎月の法話を楽しみに、お坊さん@出張のホームページをお気に入りに追加して頂き、毎月法話を声に出してご拝読して頂けますと幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。合掌

今月の法話

仏教は廃悪修善(はいあくしゅぜん)の教え
仏教は真実の自己を映し出す鏡で法鏡(ほうきょう)と申します。真実の自己(自分自身)を知ることが一番大切です
仏教は「廃悪修善(はいあくしゅぜん)」の教えでございます。悪を辞めて善を心掛けるという意味なのです。

真実の自己がわからなければ、自分の悪にも気がつきません。先月までのお話で、随分と真実の自己が法鏡に映れました。これからも仏法を聞かれて、真実の善が出来るように精進させて頂きましょう。

「汝(なんじ)自身を知れ」とは
問題です。
めは四本足で歩き、中ごろは二本足となり、終わりに三本足となる動物は何でしょうか?

答え
始めは赤ちゃんでハイハイで四本足。
中ごろは二本足で歩いて
終わりは杖をついて三本足です。
答えは人間です。とても有名なお話ですね。エジプトにあるスフィンクスのお話です。スフィンクスが目の前を通る旅人にこの問題を出して、答えられなければ食い殺すという有名なお話です。

「汝自身を知れ」という事です。
本当の自分を知らなければ、本当の幸せにはなれないのです。知っているようで、最も分からないのが自分自身なのです。

灯台下暗し」と言う言葉も有名ですね。
遠くを照らす灯台も、その足元は暗くて見えない。

私たちの眼は色んなものを見ていますが、遠すぎたり近すぎたりすると見ることは出来ません。視力の良い人でも、自分の眼を見ることは出来ません。自分自身が分からないのは「近すぎるから」見えないのです。

だから鏡で自分を見ますが、その鏡も自分鏡も自惚れがあるのでダメ、他人鏡は見る人の都合でコロコロ変わるからダメです。自分を見る鏡は「真実の鏡」つまり法鏡(仏教)で見なければならないという事なのです。本当の自分自身を知って、本当の幸せになりましょう。時間があれば以前の投稿を見て頂き自分自身を映し出してよく観察して下さいね。新しい発見がありますように。合掌

先月の法話

身常行悪
⑧殺生(せっしょう) ⑨偸盗(ちゅうとう) ⑩邪淫(じゃいん)です。殺生は生き物を殺すこと、偸盗は他人の物を盗むこと、邪婬は男女のよこしまな関係です。

殺生は三通りあると教えられています。
○自殺(じさつ)→自分で生き物を殺す
○他殺(たさつ)→他人に命じて殺す
○随喜同業(ずいきどうごう)→他人が殺生しているのを見て楽しむ心があれば同罪になる

人間はとても恐ろしい事をしているとハッキリ分かります。でも私たち人間は、殺生をしていかなければ生きていけません。いろんなものを犠牲にしながら生かされている命なのです。不必要な殺生は控えて、食事をする時も「自分は沢山の命のおかげで生かされている」事に感謝をしながら食事をするように心掛けなければなりません。普段の食生活で無駄な食べ方や食べ残しをしていないかを再確認させて頂きましょう。

曽無一善
曽無一善とは、「真実の善は1つもない」という意味です。人間が行う善は雑毒(ぞうどく)の善・偽善と言われております。
雑毒とは、お礼や見返りを期待する心です。誰かに何かをプレゼントした時に、ありがとうも言わずに受け取られると「お礼ぐらい言ったらどうだ」というふうに思ってしまいます。
何かを手伝ってあげたりした時も「ありがとう」と言ってもらえなければ、「やらなければよかった」と後悔する事になります。私たちは煩悩がありますから、どうしても毒が混じった善になってしまうのです。

この事に気をつけて善を行うように心がけて下さいね。親が子供にしてあげる善のように、他人にも見返りを求めない善が出来るようになりたいですね。合掌

いつでもお気軽にお電話をして下さい。
お坊さん@出張のホームページをご覧頂き誠に有難う御座います。合掌


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